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太子堂には、古くから氏神として祀られた八幡神社と、由緒ある円泉寺(太子堂)、教学院(目青不動)がありました。 |
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円泉寺は、太子堂村の起こりとも深くかかわり、村の中心的存在となってきました。 文禄4年(1595年)賢恵という僧が、大和の久米寺から十一面観世音菩薩像と聖徳太子像を背負って関東へ下り、村の民家に宿泊した時のこと、僧の夢に聖徳太子が現れて「円泉ケ丘に霊泉が湧きだしている。この地に安住したい」とのお告げがあったので、お堂を造ったという説話が伝えられています。また、それ以前の鎌倉時代から南北朝時代に、すでに村の集落が作られ、聖徳太子像が安置されていたとの説もあります。 毎年2月3日(閏年2月4日)の聖徳太子節分会には、太子堂が開かれ護摩が焚かれて、にぎやかに豆まきが行われています。また、玉川八十八ヶ所霊場の第51番霊場として、多くの巡礼者が参拝する所となっているのです。
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